大阪地方裁判所 昭和47年(行ウ)79号 判決 1975年11月21日
豊中市上野西三丁目一三の一八
原告
矢野武雄
右同所
同
矢野ハル
同市永楽荘三丁目七番二四号
同
矢野義雄
同市上野八丁目二八番地
同
岡本静子
右原告ら訴訟代理人弁護士
駒杵素之
池田市城南二丁目一番八号
被告
豊能税務署長
奥田実
右指定代理人
河原和郎
同
国見清太
同
日下統司
同
中村鉄
同
辻貞夫
同
上野旭
主文
原告らの請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1. 被告が昭和四六年三月四日付で昭和四二年度分所得税の総所得につき、原告矢野武雄に対し、金六、一〇九、七五一円と決定した処分のうち金五、〇四八、一四〇円をこえる部分、原告矢野義雄に対し、金二、七二四、七一一円と決定した処分のうち金一、六六三、一〇〇円をこえる部分、原告矢野ハルに対し金一、六六七、四一六円と決定した処分、および原告岡本静子に対し金一、〇六一、六一一円と決定した処分は、いずれもこれを取消す。
2. 訴訟費用は被告の負担とする。
二、請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 被告は昭和四六年三月四日付で昭和四二年度の所得税につき、原告矢野武雄、同矢野義雄、同岡本静子に対し、各一、〇九三、八三三円の金員を、原告矢野ハルに対し、金一、七一五、七五〇円の金員をそれぞれ課税所得に含めて所得税決定処分をした。右は訴外武部芳松が同年度中に原告らに支払った一、二八八万円の金員が譲渡所得の収入金額に該当するとしてなしたものである。
2. 原告らは被告の右各決定処分に対する異議申立を経て、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は昭和四七年七月一一日付で前記一、二八八万円の金員が一時所得の収入金額に該当すると認定したうえ総所得金額を、原告武雄に対し、金六、一〇九、七五一円、同義雄に対し、金二、七二四、七一一円、同ハルに対し金一、六六七、四一六円、原告岡本静子に対し、金一、〇六一、六一一円となす旨の各一部取消の裁決をした。
3. しかしながら右一、二八八万円の金員は、前記武部が原告らに対し損害賠償金として支払ったものであるから、所得税法第九条第一項第二一号、同法施行令第三〇条第二号により非課税所得たるべきものであり、これを課税所得とした被告の各決定処分(国税不服審判所長の裁決により一部取消された後のもの)は違法である。
よって原告らは被告に対し、請求の趣旨記載のとおり、各決定処分の取消を求める。
二、請求原因に対する認否
請求原因第1項および第2項の事実は認める。第3項の事実は否認し、違法の主張は争う。
三、被告の主張
1. 原告らは、昭和四二年六月二九日成立した後記調停(大阪地方裁判所昭和四一年(自セ)第四号以下本件調停という)の条項に基づき、同四二年度中に訴外武部芳松から損害賠償の名目で金一、二八八万円、損害金の名目で金二九万円の支払いを受け、後述の訴訟の弁護士費用として訴外南利三弁護士に金一九七万五、五〇〇円を支払ったのち残額を原告ハル三分の一、その余の原告各九分の二の割合で配分して取得した。
2. ところで本件調停に至る経違、および調停条項は次のとおりである。
(一) 原告らの先代亡矢野由蔵は別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)を所有していたところ、大阪府知事は昭和二二年二月二日自作農創設特別措置法第三条に基づき、本件土地の買収処分をなしたうえ、同日これを訴外井上鶴松に売渡処分をした。更に右井上は同三二年八月一七日これを訴外武部芳松に売却し、その旨の所有権移転登記を経由した。
(二) 一方右矢野由蔵は、右買収処分が違法であるとして、大阪府知事を相手どり、昭和二五年四月一二日農地買収処分取消訴訟を提起し大阪地方裁判所昭和二五年(行)第一七号(以下前訴という)、同三五年七月一四日同人の死亡により、原告らが右訴訟を受継して審理が進められてきたところ、同四二年六月二九日、右訴訟を本案とする本件調停事件において、利害関係人として訴外武部芳松の参加をえて、次のような記載内容の調停が成立した。
(1) 原告らと、武部との間において、本件土地の北半分(二六六・一一平方メートル)につき原告らが、南半分(二六六・一一平方メートル)につき武部がそれぞれ所有権を有することを確認する。
(2) 武部は原告ら所有の本件土地北部分を原告らに返還するにかえ損害賠償金として同四二年九月一五日限り金一、二八八万円を支払うことを約し、内金一、一六〇万円については同年六月一五日以降弁済に至るまで年一割の割合による損害金を加算して支払う。
(3) 武部において、右金員の支払を履行したときは、原告らは本件土地の北側部分も右武部所有たることを確認し、不履行のときは、武部は本件土地北側部分につき分筆のうえ原告らに所有権移転登記手続をなし、右土地を明け渡す。
(4) 原告らは、大阪府知事に対する訴訟を取下げる。
(三) そして原告らは、1記載のとおり、武部から各金員を受領して、大阪府知事に対する訴を取り下げた。
3. 以上の本件調停に至る経緯、調停の内容、その後の状況等に照らせば右各金員が所得税法にいう損害賠償金に該当しないことは明らかである。また、大阪府知事の本件土地買収処分は違法なものとはいい得ないが、仮に本件土地買収処分が違法であるとするなら、原告らに対する損害賠償金は大阪府が支払うべきものであるところ、右各金員は不法行為者でない単に本件土地の転得者にすぎない訴外武部が支払っているのである。従って右金員は損害賠償金ではなく、本件土地をめぐる争訟を早期に解決するために、原告ら、大阪府知事、武部の三者の合意のもとに武部が原告らに支払うことになった紛争解決金の性質を有するものである。
よって右金員は調停条項の名目いかんにかかわらず、所得税法上金一、二八八万円につき一時所得を、金二九万円につき雑所得を、それぞれ構成するものである。
4. 従って、各原告の総所得金額は別紙一のとおりとなり、この範囲内でなした被告の各決定処分(国税不服審判所長の裁決によって一部取消された後のもの)には何らの違法も存しない。
四、被告の主張に対する認否ならびに反論
1. 被告の主張第1.第2.項の事実は認める。
2. 同第3.第4.項は争う。ただし別紙一の所得区分のうち配当所得および給与所得については認める。
大阪府知事の本件土地買収処分は、既に宅地化されていた本件土地を農地であるとし、かつ何人にも貸借されていなかった土地であるのにこれを小作地と認定し、また自作農創設特別措置法第五条第一項第四号、第五号により買収除外さるべき土地であったのにこれを看過してなされたものであって違法であり、取消されるべきものであったが、右処分が取消された場合、転得者である武部は本件土地所有権を取得しえず、同人の本件土地占有は結果的に不法なものとなるのである。そこで武部は右事実を認識したうえで前記調停に利害関係人として参加したものであり、右調停の実質は違法な買収処分から発生した違法状態を除去し、原告らの蒙った損害を賠償することを目的とするものであったのである。従って、武部が支払った前記各金員は、大阪府知事の違法処分により原告らが蒙った損害を填補する損害賠償金たる性格を有するものというべきであり、その弁済者が大阪府知事であるか武部であるかは、右実質に何等影響がないのであるから、右各金員の負担者いかんにかかわらず、所得税法上非課税たるべきものである。
理由
一、請求原因第1項、第2項の事実、および被告主張第1項の事実は当事者間に争いがない。
二、本件の争点は要するに、原告らが本件調停条項に基づき武部から受領した金員の所得税法上における性質の点であるので、これにつき検討する。
1. 被告主張の第2項の本件調停に至る経緯、調停条項については当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証、証人武部芳松の証言、原告矢野武雄本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)、および弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告らは前訴において、大阪府知事の本件土地買収処分が違法であるとして、その取消を求めていたが、他方訴訟外において、原告ら訴訟代理人の南利三弁護士、大阪府知事の訴訟代理人中井彌六弁護士、さらに本件土地の所在地である住吉区の農業委員らの間で本件紛争の円満解決の方途が話し合われていたところ、同人らは、結局は本件土地の転得者である訴外武部芳松から原告らに対し何がしかの金員を支払わせることによって解決したいと考えて、その旨、原告らおよび武部を説得にかかった。
(二) ところで武部は、当初、原告らに対し何らの金員をも支払う義務がないとして、容易に右説得に応じなかったのであるが前記南弁護士らから前訴の結果いかんによっては武部が訴外井上鶴松から取得した本件土地の所有権を失う危険のあることを告げられて、右の方法による解決を強く勧められた結果、裁判の長期化による自己の土地所有権の不安定な状態の永続をおそれ、やむをえず、この際勧告どおり原告らに対し金員を支払って紛争を終息させ、自己の本件土地所有権を早期に確実なものとしようと考え、本件調停事件に参加して調停条項記載の金員を支払うことを約した。
(三) 当時武部としては、右金員が、自己または大阪府の原告に対する損害賠償金であるとの認識は全くなかった。
以上の事実が認められ、右認定に反する原告矢野武雄本人尋問の結果の一部は前記武部の証言および同人が本件調停に参加するに至った経緯に照らしてたやすく措信することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
2. ところで原告らは右金員が、大阪府知事の違法な本件土地買収処分に基因して原告らが蒙った損害を賠償するために支払われたものであり、前記調停条項第(2)項にあるとおり損害賠償金である旨主張する。
しかしながら前掲甲第二号証、原告矢野武雄本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告らは前訴において大阪府知事の買収処分の違法のみを主張していたものであり、武部に対しては従前同訴訟内あるいは訴訟外において何らの損害賠償責任をも追求していなかったことが認められるのであり、仮に大阪府知事の買収処分が違法であったとされた場合、大阪府が原告らに対し損害賠償義務を負うことはあっても、武部が原告らに対し損害賠償義務を負ういわれはなかったものである。しかるに前記金員は武部が負担して支払っているのであり、かつ前記認定の如く、同人はこれを自らの損害賠償義務の履行とは考えていなかったばかりか大阪府にかわって損害賠償を支払うものとの認識もなかったものである。かえって前掲武部証言と前記認定の事実によれば、右金員は武部が、本件土地に関する紛争を終息させ、自己の本件土地に対する所有権を早期に確実なものとするために原告らに対して支払うことにした和解契約に基づく紛争解決金たる性質を有するものと認められ、従って右金員は所得税法第九条第一項第二一号の損害賠償金には該当しないものといわざるをえない。なお前記のとおり本件調停条項第(二)項には、武部は原告ら所有の本件土地北部分を原告らに返還するにかえ損害賠償金として本件金員を支払う旨の記載があることは、当事者間に争いがないが、前掲甲第二号証、武部証言および原告矢野武雄本人尋問の結果によれば、本件調停成立当時、武部や原告らにおいては、本件土地を二分して所有権を分属させる意思はなく、ましてその返還の代償として本件金員を受授するなどの認識はなかったものであり、単に右金員の支払を担保するため調停条項の表現上右のような記載形式をとったにすぎないことが認められるから、右の記載は本件金員の性質に関する前記の認定を妨げるものではない。
3. 以上の認定事実および争いのない事実を総合すると、右のような紛争解決金たる一、二八八万円の金員は所得税法第三四条の一時所得にかかる総収入金額であり、遅延損害金の二九万円は同法第三五条の雑所得に該当するものというべきであり、また原告らが前訴における弁護士費用として訴外南利三弁護士に金一九七万五、五〇〇円を支払っていることは当事者間に争いがなく、右金員は所得税法上一時所得に係る総収入金(金一、二八八万円)を得るために支出した金額というべきであるから、これを右一時所得の総収入から控除し、各原告の総所得金額(配当所得および給与所得については当事者間に争いがない。)を計算すると別紙一のとおりとなる。
三、ところで成立に争いのない甲第一号証によれば、国税不服審判所長の各原告に対する裁決は金一、二八八万円の収入金額、および金一九七万五、五〇〇円の支出金額につき右と同様の判断の下になされた(金二九万円の収入についてはこれを課税所得に含めていない)ことが明らかであり、各裁決における総所得金額はそれぞれ右二の3.で認定した別紙一記載の金額より低額であるから、結局本件各決定処分(国税不服審判所長の裁決で一部取消された後のもの)には違法は存しない。
四、よって原告らの本訴各請求は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥村正策 裁判官 藤井正雄 裁判官 山崎恒)
物件目録
大阪市住吉区長居町東四丁目一〇五番地
一、畑 五三二・二三平方メートル(五畝一一歩)
別紙一
<省略>
<3>の一時所得の算出明細
<省略>
備考
<4>の雑所得は訴外武部から受領した金二九万円を、
(イ)の収入金額は右訴外人から受領した金一、二八八万円を、
(ロ)の支出金額は南利三弁護士に支払った金一、九七五、五〇〇円を、
それぞれ原告矢野ハル三分の一、その余の原告各九分の二の割合で配分したものである。